かもしか通信

スタッフ日記

「愛と祈りと報恩に生きて」の読後感想文


みなさん、こんにちは!
長野県塩尻市の鴨居歯科医院
鴨居インプラント審美サロン
歯科技工士の三溝 恒幸です。

早くも、2022年も2月に突入いたしました。新型コロナウイルスも未だ猛威を振るい、それに加え各地で豪雪の被害もあるようです。被害に遭われた方には心からお見舞いを申し上げます。

今回も社内木鶏会での私の感想文を掲載させていただきます。私の感想文は、「愛と祈りと報恩に生きて」を読んだものです。御笑読いただければ幸いです。

古巣馨氏は長崎県五島列島の島に生まれた。母親は代々カトリックの家に育ち、古巣家に嫁いできた。当時、古巣家は七十人の漁師を抱える網元であったが、倒産して、当時で十億円もの負債均抱えるようになってしまった。酒に溺れる父親に代わり、母親は6時から夜9時まで土木作業員として働き、化粧をした姿は一度も見たこともなく、六人の子供を育ててこられた。古巣氏が祈る人の姿を最初に見たのは母親であり、毎朝、神棚の水を替え、朝夕、仏壇に膳を供えるという隠れキリシタンの風習を守り通した姿だ。そのような生い立ちの末、26歳で神父となった古巣氏は、長年、名もなき人々の苦しみや悲しみに祈りとともに寄り添ってこられた。その2年前、神父への道を断念しようとしたが、ある息子を亡くしたばかりの母親に「頑張って神父になってほしい。私たちが頼るのは神様だけ」と祈るように懇願され、永遠なるお方の前に立たされた思いが心に宿ったそうだ。

イエスの福音の言葉に「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。あなたはこれらのことを、知恵のある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。(後略)」この「幼子のような者」とは、世間で頭数にも入れてもらえず、望みなく、頼りなく、心細く生きて、神にしか頼ることのできない人たちのことだそうだ。神はこうした人にしか見せないものがあるのだと言われる。辛く重いものを抱えながら、それをおくびにも出さないで、生きていかざるを得ない人たちのかすかな言葉こそ、福音そのものだといわれるのだ。親の顔も知らず、自分の生きがいを探しに大阪に出たものの病気のため一生を病院で過ごしたミネやんもそうであった。自分の都合というものを一切捨て、神さまの都合に合わせて、病床に居ながらに病室の中に平和をもたらしていたのだ。普通に暮らしているわれわれには目せていただけないものを見せていただいているということが分かる逸話である。古巣氏はこのよう市井の名もない人たちに共通することを二つ挙げている。一つは、とにかく分けて分けて、徹底的に分ける生き方。二つ目は、受けた大切なものを次に手渡すことだといわれる。

私はこれを読んで頭に浮かんだことは、50億という年限をかけて人間が幸せになるために進化し続けてきた宇宙の姿と、そこから教えていただいた人と人が互いに立て合い、助け合う姿である。前者の宇宙や生物の進化は、神がヒトを幸せに導くために綿々と繰り広げてきた、施しの事実である。また、後者の互いの幸せのための助けあいとは、神が今でも施し続けていることを見習って、人間が人間にそのことを伝え、助け合うことこそが宇宙の真理にかなうことであると思えた。人が神と対峙する時、自分のことはお誓いをすればよいが、人様のことをお願いする時には祈るものだろうと思うとき、私はまだまだ祈りが足らないんだなあと思えた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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