かもしか通信

スタッフ日記

和菓子


みなさん、こんにちは!
長野県塩尻市の鴨居歯科医院
鴨居インプラント審美サロン 
デンタルマネージャーの大平由理です。

 先週まで2週続けて週末に大雪に見舞われた県内は、22・23日の週末はやっと晴れましたね。
国道は除雪が進み雪はなくなりましたが、狭い道路は除雪作業が追いついていません。
まだまだ雪の壁で視界も悪くなっていますので、車の運転や歩く道中は気をつけましょう。

最近の私は、以前より体が甘いものを欲しています。
チョコレートやお饅頭を家で見つけると、ついつい食べ過ぎてしまいます。
色とりどりの和菓子だったら、目で見て・味わって・香りまでも楽しめ、食べ過ぎることもないのかなぁと感じました。そこで和菓子について調べてみました。

 
若い人からお年寄りにまで、幅広く親しまれている和菓子。
千年を越える歴史を持ち、多くの人々に愛され育まれてきた和菓子。
日本の文化、自然、風土といった日本人の心を映し出す食文化、それが和菓子です。

新しい流れを拒まない和菓子の歴史とその発展。
お気に入りの湯飲みに緑茶を入れ、お茶うけには和菓子。
心安らぐ一時に選んだ和菓子はどのようなものでしょう。
美しく上品なものから親しみあふれる庶民派まで、和菓子の種類は実に多種多様。
今でこそ、多くの和菓子が日本人の食生活に彩りを添えてくれています。
しかし、現在のような発展を遂げるまでに和菓子は、その歴史の中で4つの大きな影響を受け、発展を繰り返してきました。

モチ、ダンゴなどの穀物の加工品がルーツだといわれている和菓子が、最初に影響受けたのは奈良時代、遣唐使が遣朝から持ち帰った「唐菓子」でした。
この時、油で揚げるなどの加工技術を学びました。

第二の波は茶の伝来です。喫茶文化が隆盛した室町時代。
茶道との関連が深い「点心」(食事と食事の間の間食のこと)が和菓子の発展に大きく貢献しました。

第三はポルトガル、スペイン、との貿易によりもたらされた「南蛮菓子」の影響です。
その頃に伝えられ、日本に溶け込んだものとしてカステラ、金平糖、有平糖などがあります。

そして第四の影響は「洋菓子」から。
主にオーブンで焼くといった加工技術を取り入れました。

さらに、もうひとつ忘れてならないのが「砂糖」です。
砂糖は鎌倉時代頃には日本にもたされていましたが、大変な貴重品で、庶民の手に入るものではありませんでした。
それが江戸時代になると、次第に庶民にも普及し始め「茶の湯」「南蛮菓子」の流れとともに、和菓子は飛躍的な発展を遂げることになりました。
現在の和菓子の原型ができたのはこの頃だといわれています。

このように和菓子は外部からの影響を上手に取り入れ、発展しました。
もともと和菓子の作り手は進取の気概に富んでいて、新しいものを取り入れることに抵抗はなく、
むしろ積極的に新しい流れの中に飛び込んでいきました。
しかし、それをそのまま取り入れるのではなく、一度自分たちの中でかみ砕いて、自分のものにした上で、日本人に合う味覚に育て上げたのです。
それが年月を越えて和菓子が多くの方々に愛されている秘密です。

 和菓子には長い歴史があるんですね。現代に合うよう発展してきた和菓子。
作り手の方の想いを感じながらいただきたいと思います。
 最後までお読みいただきありがとうございました。

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